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東京地方裁判所 平成7年(合わ)247号 判決 1997年5月28日

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中五〇〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、オウム真理教教団(以下「教団」という。)に属していたものであるが、教団教祖A、教団幹部B、同C、同D及び教団所属の多数の者(以下「本件共犯者ら」という。)と共謀の上、ロシア製自動小銃「AK-七四」を模倣した自動小銃約一〇〇〇丁を製造しようと企て、通商産業大臣の許可を受けず、かつ、法定の除外事由がないのに、平成六年六月下旬ころから、山梨県西八代郡上九一色村富士ヶ嶺八七七番地の二所在の第九サティアンと称する教団施設、同村富士ヶ嶺八六九番地の五所在の第一一サティアンと称する教団施設(以下「第一一サティアン」という。)、同村富士ヶ嶺八二一番地の一所在の第一二サティアンと称する教団施設及び同県南巨摩郡富沢町大字福士字西根熊一六〇五三番地所在の清流精舎と称する教団施設(富沢工場ともいう。以下「清流精舎」という。)において、NC旋盤、マシニングセンター、深穴ボール盤等の工作機械で鋼材を切削するなどして銃身、遊底、上部遊底、銃身受、引金等の金属部品を、大型射出成形機で銃床、握把等のプラスチック部品をそれぞれ製作し、形彫放電加工機で銃身にライフル加工を施すなどし、その際、被告人においても、第一一サティアンでマシニングセンターを使って遊底、上部遊底等を製作するなどして、自動小銃部品多数を製作して自動小銃約一〇〇〇丁を製造しようとしたが、平成七年三月二二日、前記各施設が警察官による捜索を受けるなどしたため、その目的を遂げなかった。

(証拠の目標)<省略>

(事実認定の補足説明)

一  弁護人は、被告人は、本件犯行時、自分が製作しているものが銃の部品であることは認識していたが、どのような銃の部品であるかの認識は全くなく、自動小銃の部品を製作していたことの具体的認識に欠けるから、武器等製造法三一条一項にいう銃砲を製造するとの故意はなく、本罪は成立しないと主張するので、以下検討する。

二  被告人は、検察官の取調べに対し、平成五年六月ころから、DやCの指示で、自動小銃の部品であることを知らされないまま、清流精舎で撃鉄や引金の鋳造用金型等を製作した、平成六年四月ころ、Cの指示で、同じく情を知らされないまま、清流精舎で遊底、上部遊底を試作した際、上部遊底の形状から、握りをつけたら銃みたいだと思ったが、その後、上部遊底の試作中、Eが、小声で「これは、これだよね。」と言って人差し指と親指を開いて伸ばし、残りの三本の指を握って銃を示す仕草をしたので、やはり銃の部品かと思った、さらに、上部遊底の試作品をDに検査してもらった際、Dが上部遊底の先端の穴にガスピストンをねじ込んでかみ合わせ具合を確かめており、その結果全体の長さが三五センチメートルくらいになったのを見て、全部の部品を組み合わせて出来上がるものは随分大きな銃で、片手で持つような大きさの銃ではないなと思った、その後、被告人ら清流精舎で銃の部品と思われる一連の番号が付された部品を製作していた者が、被告人らを第一陣として同年五月ころから順次第一一サティアンへ移動したが、そのころ、被告人らは教団教祖Aの命令を受けたCやDの指示で銃の部品を作るためのメンバーに選ばれたのだと思うとともに、教団で製造した銃は、Aが予言しているいわゆるハルマゲドン(人類最終戦争)が起きた際に教団を自衛するために使用するものだと思った旨供述しているところ(乙七、一〇、一三)、右供述内容は、具体的かつ自然で、E等の証言や実際に上部遊底とガスピストンを接合すると約三四センチメートルの長さになること(鑑定書(甲一四七)参照)等にも裏付けられており、十分信用することができる。なお、被告人は、当公判廷において、ほぼ右と同様の供述をしつつ、銃の大きさについては、こだわっていなかったので当初は考えなかった、両手で持つような銃であると認識したのは、平成七年一月か二月にEからこれから銃の組立てをやると聞いた際に同人が両手で銃を持つ仕草をするのを見たときである、と供述しているが、被告人の検察官に対する前記供述によれば、少なくとも、片手で持つようなものではない大型の銃であるとの認識は、被告人が平成六年五月ころに第一一サティアンへ移動する前からあったことが明らかであり、これに沿わないかのごとき被告人の公判廷における右供述部分は信用できない。

三  以上によれば、被告人は、本件犯行に着手した平成六年六月下旬ころには、既に、片手で持つようなものではない大型の銃を教団で製造しようとしており、被告人らが製作させられているものがその部品であることを認識していたこと、右銃はハルマゲドンの際教団の自衛のために使用するものと考えていたことが認められる。ところで、武器等製造法二条一項一号によれば、銃砲のうち産業、娯楽、スポーツ又は救命の用に供するものは同法上の武器には当たらないとされているが、右に認定した被告人の犯行時の認識に照らすと、被告人において、自分たちが作ろうとしている銃が、狩猟やスポーツ等のためのものではなく、人の殺傷を目的としたもの、しかもかなり大型のものと考えていたことは明らかであり、そのような認識に達していた以上、同法三一条一項にいう銃砲の認識としては十分であって、自動小銃との具体的な認識がなかったからといって同条三項、一項違反の故意に欠けるところはない。

弁護人の主張は採用できない。

四  なお、弁護人は、(一)本件で製造しようとしていた銃は、不完全な発射機能しかなく、自動小銃に相当する銃器であるとはいえない、(二)被告人は自動小銃の製造を企てたものではなく、共同謀議に参加したものでもない、(三)被告人の行為は幇助行為にすぎないと主張するが、本件は武器製造未遂罪として起訴されたもので、被告人らにおいて発射機能を有する銃砲を製造する意思であったことは明らかであり、また、被告人は、銃砲の部品であることの認識をもった後もCらの指示どおりに小銃部品を製作したのであるから、同人らとの共謀が成立すること及び同人らを介して順次他の本件共犯者らとの間に共謀が成立することは疑いがないから、右(一)及び(二)の点はいずれも犯罪の成否を左右するものではなく、右(三)の点についても、被告人は銃砲製造の実行行為を行ったものであって、共同正犯に該当することも明らかであるから、これらの弁護人の主張はいずれも採用できない。

(法令の適用)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、被告人が本件犯行時教団によるいわゆるマインド・コントロール下にあったことを前提に、(一)被告人は、感応性精神病に準じた状態にあり、心神耗弱又は心身喪失の状態にあった、(二)被告人は、教団の命令に反して本件武器製造行為から逃れることができない状況下にあり、適法行為の期待可能性がなかったと主張するので、以下検討する。

二  我が国の数少ないマインド・コントロールの研究者(心理学専攻)の一人である証人西田公昭(以下「西田」という。)の当公判廷における供述及び住田昌弘外一名作成の平成九年一月一三日付け報告書添付の西田公昭作成の意見書によれば、マインド・コントロールとは、「他者が自らの組織の目的成就のために、本人が他者から影響を受けていることを知覚しないあいだに、一時的あるいは永続的に、個人の精神過程や行動に影響を及ぼし操作することである」とされ、関係各証拠によれば、教団においては、意図的か否かはともかく、出家信者に対し、出家時に家族との関係を断ち切って全財産をお布施として教団に提供させ、衣食住を教団に依存させるとともに、外部からの情報を厳しく制限する一方、出家信者が接することができる情報のほとんどを教団内部のもの又は教団を通したものに限定し、さらに、睡眠を制限し、毎日長時間にわたりワークと称する作業及び修行をさせ、オウム食と呼ばれるあまり栄養価の高くない食事を与えて慢性的な疲労状態におきつつ、信者を最終的境地に導いてくれる唯一の最終解脱者であるとされる教祖Aを頂点とし、正大師以下サマナ見習いまでのピラミッド型階級構造の中で、Aの指示に疑問を持たず忠実に従うことが修行であるとして、録音テープやビデオテープ等更には薬物までも使って教義を繰り返し浸透させるなど、マインド・コントロールに有効とされる種々の手法と共通する手法が用いられていたことが認められる。もっとも、西田証人は、ある者に対しマインド・コントロールの手法がとられていた場合、その者がマインド・コントロールされていた可能性があるということはできるが、そのような状態にあったと客観的に判断することは困難であり、また、他者が意図した結果が生じた場合でも、それがマインド・コントロールの結果かどうかは判定できないと証言するとともに、マインド・コントロールされた状態は、精神病でないことはもちろん、神経症でもなく、恐怖症に近い場合もあるが、被告人はそのようなレベルではない、マインド・コントロールにおいては情報のコントロールの果たす役割が大きいところ、それは個人の能力の問題ではなく、被告人も与えられた情報を論理的に処理して意思決定する能力や倫理観はあると思うが、日本の法律よりオウムの法律を優先させたものと思う、とも証言しており、同証言によればもちろん、他の証拠に照らしても、マインド・コントロール下にあったということから直ちに責任能力の欠如又はその著しい減退を結論付け得るとはいい難い。

三  そして、本件犯行当時、被告人に精神病等の精神障害があったことをうかがわせる事実は全く認められない(したがって、被告人は、本件犯行当時、弁護人が主張するような感応性精神病にり患してはいなかったと認められる。)ところ、被告人は、捜査、公判段階を通じて、自分が作っている部品が銃の部品であることを認識した際、日本の法律に違反し許されないことは分かった、やらなくても済むならやりたくはないと思った、銃を造る理由については、他の者から説明はなかったが、Aの予言するハルマゲドンが起きて世の中が混乱状態になったときに、暴徒から自衛するためではないかと考え、教団のやっていることは正しいはずだという信念があったため、それ以上は考えないようにした、と供述しているところである。

四  そうすると、被告人は、本件犯行時において、本件行為の違法性を十分認識しつつ、オウム真理教に対する信仰心等から、自分なりに自己の行為を正当化して、不本意ながらもこれを継続したものであって、判断能力や意思決定能力が阻害されていた様子はうかがわれず、教団に対する疑問を持ちにくい状況下にあったとはいえ、是非を弁識し、それに従って行動する能力を欠き、あるいはその能力が著しく減退した状態にはなかったものと認められる。

五  また、関係各証拠によれば、本件武器製造行為は教団の修行の一環をなすものとして指示されたものであり、教団においては、教祖Aの指示に疑問を持たず忠実に従うことが修行であるとされており、Aの意を体した教団内の師と呼ばれる地位以上の者からの指示に逆らうことは許されないと意識されていたこと及び修行のため与えられた作業(ワーク)を自分から換えてくれるように求めてこれが認められることは通常は困難であったことが認められるが、コンピューター関係のワークをしたいとの被告人の内々の希望に沿う形で、一時期、被告人が本件自動小銃部品の製作を外れたこともあり、右以上に教団が被告人を強制的に本件自動小銃の製造に従事させていた状況はうかがわれず、適法行為の期待可能性がなかったということはできない。

六  以上により、弁護人の主張はいずれも採用できない。

(量刑の理由)

本件は、教祖Aら教団幹部において教団の武装化を企図し、その一環として、組織的にロシア製自動小銃AK-七四を模倣した自動小銃を大量に製造しようとしたが、警察の強制捜査が開始されるなどしたため未遂に終わったという事案である。

その態様をみるに、本件は、Aの指示により教団幹部がロシアに出向くなどして軍用自動小銃AK-七四についての情報、資料を収集し、部品の試作を重ねた上、教団施設数箇所に大型工作機械多数を設置し、多数の信者を動員して約一〇〇〇丁もの自動小銃を製造しようとしたもので、教団の財力、人力を大幅に投入したかつてない大規模かつ極めて計画的な武器製造事犯であり、本件自動小銃部品の精度が劣っていたとはいえ、強制捜査等がなければ、けん銃などと比べ殺傷能力が格段に高い自動小銃が大量に完成していた可能性もあり、本件犯行が社会に与えた衝撃及び恐怖ないし不安感も深刻であって、事案は極めて重大である。

被告人は、平成五年六月ころから自動小銃部品の試作に関与し、本件犯行に着手した平成六年六月下旬ころには、既に、教団が大型の銃を多数製造しようとしており、自分もその一端を担わされていることを認識していたが、Aが説くハルマゲドンが起きたときに教団を自衛するために必要なものを考え、教団上位者から指示されるまま、遊底、上部遊底等の金属部品を製作するなどしたもので、規範意識の鈍麻が著しい上、被告人はそのコンピューターの知識を買われて、遊底、上部遊底等特に複雑な形状の部品のマシニングセンター用プログラムの作成及び右部品の製作を任されるとともに、他の作業メンバーからの技術的な相談にも乗るなどその果たした役割も小さくなく、被告人の刑事責任は重い。

他方、本件は幸い未遂に終わったこと、被告人は教団上位者の指示によって本件自動小銃製造に加わったものであり、教団によって情報等が管理されており、教義により上位者の指示をそのまま実践することが修行になるとされていたこともあってその指示に従ってしまった面も否定できず、その関与は従属的であったと評価できること、現在では自己の行為の違法性、反社会性を認識して反省、悔悟していること、既に教団を脱会し、今後はもう一度勉強し直して大学に行きたいなどと述べており、父親もこれに協力する旨証言していること、まだ若年であり、前科前歴もないこと、既に相当期間身柄を拘束されていること、被告人の意を受けた両親においてオウム真理教被害見舞基金に三〇万円の寄附をしていることなど被告人のためしん酌すべき諸事情も認められる。

しかし、被告人のためしん酌すべき右の諸事情を十分考慮しても実刑は免れないところであって、当裁判所は、以下の諸情状を総合考慮し、主文掲記の量刑が相当であると思料した。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金谷暁 裁判官 村田健二 裁判官 香川徹也)

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